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隅田川道中 遊覧体験「渡し」プログラム 二日目
「ひと雫の私であり続けるために」実施レポート 

文:山際真奈
撮影:高田洋三

■ アーティスト・コムアイと巡る隅田川下流部の旅 

「渡し」開始1時間前ーー。 

停泊中の屋形船に、何やら男性達が様々な濁り具合の水が入った十数リットルのボトルを運び入れ始める。最初に現れたのは、WOTA株式会社の前田瑶介さん率いる、WOTAの研究スタッフメンバー達。運び込まれたのは、隅田川の上流や下流各所で採取された水だ。 

会場である屋形船「あみ清」のスタッフも、やや不安げな表情で見守っている。 

次に姿を見せたのは、驚くほどに身軽なコムアイさんと、(何故か)釣具を手にした東京海洋大学の佐々木剛さん。ゆるやかに打ち合わせが始まり、どのような展開になるのかは一同が未知数のまま、「渡し」は幕を開けた。 

船頭を務めるのは、コムアイさん。水にまつわるフィールドワークを続ける中、隅田川を流れる水の約三分の二が下水処理水であるという課題についても、関わり方を模索してきた。 

人が生きていくために不可欠である水が、どのように自分の元に届き、処理されているのかーーそして、生活圏にある水源としての川と、どのような関わりを持っていけるのか。 

一見”固い”印象の問いが、コムアイさんならではの柔らかな雰囲気と共に伝えられると、やや緊張気味だった船内の雰囲気がいっきに和む。 

まずは、参加者それぞれの水や川との付き合い方や、乗船した理由等について、数名のグループに分かれて語り合いながらアイスブレイク。隅田川流域に住む方から、多摩川の生態系について子ども達と学んでいる方、さらにはクルーズのつもりで乗船してみたという方まで、様々な背景と動機を持った参加者達の姿が明らかになった。 


船の揺れにも慣れてきたところで、最初の水のスペシャリスト・WOTA代表の前田さんから、参加者への問いかけがーー「隅田川で泳ぐことはできると思いますか?」 

即座に、「ちょっと嫌だ…」という声が上がり、数人が頷く姿も見られる中、場内の若い参加者から「自分は泳げると思う」との声も。故郷の川ではよく泳いでいたので、隅田川も泳ぐこと自体は難しくないと言う。 

こうしてそれぞれの「肌感覚」に立ち返った上で、水質について「数値」を使って調査してみることに。グループに分かれ、WOTAの研究スタッフが前日に隅田川の各所で採取した水を、専門の機器を使って調査していく。屋形船内での水質調査という(謎の)シチュエーションに違和感を持つ隙を与えない程の、研究スタッフ達の熱い姿勢自体にも、多くの参加者が目を輝かせていた。 


上流から下流まで、各グループが水に含まれる酸素と窒素濃度の数値を発表し、流域マップに書き加えると、「下水処理場の側は水が汚れている」ことが明らかに。下水処理が施されるとはいえ、処理しきれない化学物質が含まれる洗剤等を私達は日々使っている。なるべく処理できないような汚水を出さない生活スタイルを考えていくことも、「泳げる川」を再生させるための一歩であると確かめ合う時間となった。 

続いて明らかになったのは、東京海洋大学教授の佐々木さんが「釣具」を持参してきた理由。隅田川を下る屋形船がちょうどお台場付近に到着すると、おもむろに「微生物を採取したい人はいますか~?」とにんまりする佐々木さん。 

手を上げた子ども達二人はデッキに繰り出し、佐々木さんのサポートの元で微生物を含む水を汲み上げた。 


一体隅田川にはどんな微生物が住んでいるのか…?海を眺めながら「釣り」の成果を待っていた参加者達の期待は高まる。 

そんな中、採取された水が電子顕微鏡でモニターに映し出されると、船が揺れるため微生物なるものの姿は見えない…!という事態が発生。 


佐々木さんの和やかな語り口と、子ども達の無邪気な「いないね~」という言葉に、ほっこりと温まった場内は、コムアイさんから佐々木さんへの質問コーナーへ。前田さんとの水質調査から見えてきた課題を踏まえ、隅田川に多様な生物が住める環境を取り戻す具体案について語り合った。 

宴会の終盤のようにリラックスした場内は、最後にもう一度グループに分かれて今日の「渡し」について振り返る時間に。コムアイさんをはじめ、前田さん、WOTAの研究スタッフ、そして佐々木さんも参加者の輪に加わり、それぞれの想いを伝え合う。 


「地元の川でもっと川を身近に感じられる活動がしたい」「普段の水の使い方、処理の仕方について見直したい」等の言葉が交わされる中、小学校低学年の参加者から「楽しかった!」との声があがると、場内は再び笑顔に包まれた。 

揺れる船内で、水を感じながら語り合った約2時間の「渡し」は、眼前の課題についての認識だけではなく、自らの身体や感覚を通して水と出会い、水について考え直すことを促す時間となったのではないだろうか。 

しなやかでありながら、情熱と知恵に溢れた講師陣に導かれながら、隅田川の上で紡がれた水をめぐる言葉が、参加者一人一人の日常に変容をもたらしていることを感じつつ。 

◆ 開催概要 ◆

●日時|2022年10月30日(日)12:50~15:00 
●場所|隅田川下流部 
●会場|屋形船 あみ清 
●スケジュール|
 12:30 吾妻橋船着場 集合 <東京都墨田区吾妻橋1丁目23> 
 12:50 吾妻橋船着場 乗船〜出発 
 15:00 明石町船着場 下船 <東京都中央区明石町8> 
●参加人数|25人
●参加費|¥4,000(一般)、¥3,000(学割) 
●出演|コムアイ、前田瑶介(WOTA代表)、佐々木剛(東京海洋大学) 

■出演アーティスト

コムアイ(Kom_I)

声や身体表現を主とするアーティスト。日本の郷土芸能や北インドの古典音楽に影響を受けている。主な作品に、屋久島からインスピレーションを得てオオルタイチと制作したアルバム『YAKUSHIMA TREASURE』や、奈良県明日香村の石舞台古墳でのパフォーマンス『石室古墳に巣ごもる夢』、東京都現代美術館でのクリスチャン・マークレーのグラフィック・スコア『No!』のソロパフォーマンスなど。水にまつわる課題を学び広告する部活動『HYPE FREE WATER』をビジュアルアーティストの村田実莉と立ち上げる。NHK『雨の日』、Netflix『Followers』などに出演し、俳優としても活動する。音楽ユニット・水曜日のカンパネラの初代ボーカル。

前田瑶介

1992年、徳島県出身。東京大学工学部建築学科卒業、同大学院工学系研究科建築学専攻 (修士課程)修了。中学校では生物由来素材の強度を、高校では食品由来凝集剤の取得方 法を、大学では都市インフラや途上国スラムの生活環境を、大学院では住宅設備(給排水 衛生設備)を研究。ほか、デジタルアート制作会社にてセンサー開発・制御開発に従事。

【前田瑶介(WOTA代表)×コムアイ 対談】

水問題の解決に必要なのは「素朴な共感」。コムアイ × 村田実莉が水問題の解決に取り組む「WOTA」を訪れる

佐々木剛

東京海洋大学教授。1966年岩手県宮古市黒森町生まれ。東京水産大学卒。上越教育大学院、東京水産大大学院修了。教育学修士。水産学博士。いわて文化大使。2006年ラーニングサイクル理論に基づいた対等に対話して学び合う「水圏環境教育」を提唱し、郷里の閉伊川と東京港区の古川を拠点に森川海体験交流会を主宰。著書「やまかわうみの知をつなぐ」(東海大学出版会)ほか。日本水圏環境教育研究会代表理事、アジア海洋教育学会会長。2013年アメリカ海洋教育学会会長長受賞、2016年ジャパンレジリエンスアワード金賞受賞、2017年閉伊川での水圏環境教育プログラムがユネスコ発行オーシャンリテラシーガイドブックに掲載される。2019年全米海洋教育学会「国際的特徴のある海洋教育者」に選出。2020年国連海洋会議オーシャンリテラシー サミット実行委員会メンバー。2021年IOCユネスコオーシャンリテラシープログラム開発アドバイザー。2021年7月、研究活動の拠点の一つである「ウォーターズ竹芝」が国連オーシャンディケードラボラトリーにアジアで唯一選出された。

【佐々木剛(東京海洋大学)×コムアイ 対談】

「海は生物の暮らしも未来の子どもの感性も豊かにする」コムアイ × 村田実莉が東京海洋大学・佐々木剛教授と“オーシャンリテラシー”について考える